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ただ楽しむこと、ただ続けること

DATE  2019.09.07

先日、絵と少林寺の練習のため、埼玉の山奥へ二日間の小さな旅に。

 

小さな旅ではありますが、この旅で見つけたものが、

自分にとっては、大きなことだったので、

ブログという形を借りて、書き残しておきたいと思います。

 

なぜ、山奥に行ったのか、

 

それは今の自分には、人や物ではなく、

山や川が必要であると感じたから。

 

なぜ、少林寺なのか、

 

一見絵とは全く関係がなさそうに見える少林寺という世界。

でも少林寺の禅と武術が、

今の自分にとっても、絵にとっても、必要であると感じたから。

 

山頂にあった神社。この神社では「お犬様」が神さまの使いとして崇められていました。

 

神道のことは詳しくないですが、この山には人の力ではどうしようないような、

そんな荘厳な空気をかもし出していて、

古代の人たちが鳥居を建て、畏敬の念を払ったのも深く頷けました。

霊感というものは、僕には全くありませんが、

目を閉じて深呼吸すれば、

本当に神さまとお犬様たちが自分のそばを通り抜けていく気がするような、

そのくらい空気が神聖でした。

 

そして神社を少し外れたところで気功と武術をしました。

草も、木も、虫も、ただそこにいました。

風が吹けば草は揺れました。

蚊たちは僕のことを刺そうと必死でした。

蝶や蜂は花の蜜を探して飛んでいました。

空気は、僕にも等しく空気をくれました。

夏なので、動けば汗だくになりました。

汗だくになれば風がとても気持ちよかったです。

ただそれだけで、十分だと思いました。

 

この時、

描きたい絵のイメージがくっきり浮かんできて、

心がとても弾んだのを覚えています。

 

旅で描いた絵 タイトルは『平』

描いてるとき、ただただ楽しくて仕方がなくて、

出来たときは、とにかく嬉しくて仕方がなかったです。

 

この旅で思い出した感覚

それは「ただ楽しむこと」です。

 

自分にとって絵とは何か?

今の作品は何のために作ってるの?

考えてもこれだという答えは見つからないし、

むしろ考えるほどに遠ざかる。

無理やり言葉で言い表そうとしても、それが本当かはわからない。

仏教では「因果」と言って、すべての事柄には理由があると説いています。

今、自分が山に行ったのにも理由があって、少林寺に惹かれるのにも理由があって、

今、「陸」という大切な存在の絵を描いているなら、

それにも自分ははっきりわからなくても、本当はしっかりと理由がある。

でも理由は何かと分析しなくてもいい。

ただ山に行けばよくて、少林寺を思いっきりして、

絵を描けばいいんだと思います。

 

そして、それをとにかく「続けること」。

絵が本当に自分の思ったものに描けなくても、

反応が悪くても、評価がもらえなくても、未完成でも、

ただ続けること。

 

水滴いつか石を穿つ

 

とありますが、

僕は石を穿つことを楽しむというよりは、

水滴のほうを楽しめばいいんだな、と山に教わりました。

石のほうは、石さんにお任せして。

 

その一滴一滴は自分が楽しむだけでいい。

結果、それが石を穿たなくてもそれはまたそれで面白い。

 

 

P.S

夜の散歩道で、「お家ごはん ひとやすみ」という

何とも素敵な名前のごはん屋さんを発見!

少し緊張しながら入ってみることに。

そしたら、とてもいい笑顔のおばちゃんが迎えてくれ、話がとても弾みました。

レオ・レオニに妹尾河童、赤毛のアン、黒電話に古い電話台、

趣味のあふれる棚に魅了されました。

 

絵の話も聞いてもらい、

僕の本『こころの向きを』も快く置いてくれました(感謝!)。